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中年男の奮闘記
家庭のため、子供のために仕事にがんばる中年男が 今まで感じたことの無い、若い頃と違う体調の変化や 体のガタを感じながら生きていく日記
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イナッキー

Author:イナッキー
福岡在住で食べることが好き、特にラーメン大好きです。

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長崎の中華街で宴会
高校の友人がUターンして来て、前回 軽く飲んだのだが

今日は、本格的な歓迎会!

s-外見


高校時代の3人組が何十年振りかに集まった。場所は長崎中華街の 京華園
お酒が進むと、自然と学生時代の話になる。
6畳一間、風呂なし、共同トイレ。やっと、親元から離れて、念願の東京1人暮らし。大学もまだ学園紛争が続いており、試験もレポート提出が結構あった。大学以上に出席した、阿佐ヶ谷のマージャン屋、結構強かった。その、古アパートにこの3人が一緒に1.5ヶ月暮らした事があった。今回セットした、Kが就職が内定して、東京にやって来たのだ。ちょうど、今ダンゴ屋をやっている、輪島功一がチャンピョンになった頃だった。白黒の14インチのおんぼろTVで見た記憶がる。親からの仕送りを待っていた普通の貧乏学生であった・・・・。そして、今こうして、中華を囲んで、ああだった、こうだったと当時の思い出に浸っている。3人共、父親は亡くなっており、老いた母親が1人居るのも共通だ。この年になって、やっと気づく事がある。よくぞ、東京の大学までやってくれたなあー。5年間も仕送りをしてくれたもんだと。教育ローンもなかった時代だ、きっと親父の安給料を切り詰めて、自分たちの洋服も買わずに、贅沢もせず、このバカ息子の為に、送ってくれたんだろう。この俺がいったい、親に何を返したんだろう。答は簡単だ。何も返してはいない。そして、今頃、親に感謝している。親孝行したい時には親はなし。年老いた母がいるが、決して、健康ではない。今、静かにヒットしている歌がある。母親の有難味がやっと分かって、感謝していると言う曲だ。自分となぜかダブってしまう。・・・「青春時代」、それは、思い出の中にしか生きていないものだ。中華の味よりも、酒の肴に良く合い、いろんな味がするものだ。KとT、good timeをありがとう。


曲名   吾亦紅 (われもこう)



会場の3階に上がると、和服の女性が配膳してくれる、本格的なお店である。

s-美女

s-前菜


s-はとし

上の写真の手前の料理は、 ”はとし” と言う長崎の郷土料理だ。

パンの間にミンチの肉を挟み、油で揚げたものだ。

s-まんじゅう

上の料理が、今ブームになっている角煮まんじゅうの原型だ。

右の角煮を、左のまんじゅうにはさんで食べるのだ。

s-乾杯

そして、場所を変えて想い出話しが続くのだ。







馬原投手お帰りなさい。

久しぶりにスカッとした。

さすが、馬原!!
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この記事に対するコメント

久し振りに、胸が熱くなりました。また、曲を聴いて、泣いてしまいました。そう、青春時代は思い出の中に生きていて、酒の肴になる時はいろんな味がするのでしょうね。あの戦争を経験した親達はエライですね。いつも働いていましたし、子供は外で遊んで来いと言って、ほったらかしでしたが、背中でしっかり教えていたんですね。今みたいに、誰でもが大学に行けた時代ではなかったのです。決して、裕福ではなかったのに、よく大学まで出してくれたものですね。住宅ローンで家を建て、教育ローンで息子に大学院までやっていますが、滅茶苦茶大変です。あの当時、本代と称して、別途送って貰ったお金で遊んだ事がありました。・・・ほんとうに、何も返していません。バカ息子のために、ほんとうにありがとうです。
【2008/07/26 19:14】 URL | 思案橋のパパ #- [ 編集]


思案橋のパパさん
まさにその通りです。
親と同じくらいの年になって
初めて親の気持ちがわかるんですよね(涙)
【2008/07/27 07:36】 URL | イナッキー #- [ 編集]

電話ありがとう!
高校時代の恩師とは、時たま 道すがら 出会う回数が多い私です。
そんなとき 10組の皆を思い出す。 
今はみんな どんな人生を歩んできたのかな
と ふと 過去を思い出して、感傷的になる。

土地の区画整理による道路の拡張 長崎駅は過去何度も模様替えされ 
そのつど長崎を離れ他県へ就職する 学生達の思い出の音と共に 
駅前の風景は変わっていく 
そんな中
大浦海岸は埋め立てられ 今では水辺の森公園として市民の憩いの場と変化した。
長崎税関裏の埋め立ては出島ワーフとして長崎の観光の目玉となり 
大波止の埋め立てはショッピングモールと化した。 

季節の移り変わりと共に年月はたち 
長崎の景観は大きく変貌してしまった。

バカやってた10代の頃の長崎の街並みはもう過去のものとなり
長崎を離れて遠く他県に散ってしまった 友人達も 家族をもち 
ふと故郷を思い出す。

苦労と年齢を重ねた顔と 十代の頃の夢と希望を持ち続けて
輝いてた頃の顔が交差する 
そんなひと時 友人達となんのくったくもなく育ててくれた 
長崎を思い出せば 

石川啄木の 「故郷は遠くにありて想うもの」が 
「ふるさとは過去を顧みて想うものと」ついついつぶやいてしまう。

そんな我々を育ててくれた古き良き長崎の古き良きある風景を 感じさせ 
思い出させてくれた。 そして油木の谷も 様変わりした。

電話ありがとう。 オレは死ぬまで働かなければならない。
自分ではしごをかけて登ったのは良いが 自分ではしごをはずして 
下りられなくしてしまった自分がいるからだ。

そして オレも両親には、非常に世話になった。 特にオヤジには 
だが、 若い頃は、何故だかくそまじめな親父が、大嫌いだった。

だが年月が経つにつれて、
今ではこんな素晴らしい人間はいないと思ってる。 
【2008/07/28 21:12】 URL | マンタ #8IGD9dRc [ 編集]


マンタさん
涙の出るコメント有難う!
大学受験の勉強をしてると、おやじが机の後ろに正座して
『後を継いでくれ』と涙ながらに言われた時には
涙が止まらなかった!
今、その親爺はいない!
思い出すね!色々と!
【2008/07/29 19:01】 URL | イナッキー #- [ 編集]


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